うつ症状の経過

出来事心身の症状
始まり
2008年5月初旬
私はその時接客中でしたが、あることをきっかけ
にそのお客が切れて暴言を吐いたのです。2週間
前にも話をしたことがあり、その時は相手の態度
は普通だったので、今回切れたのには突然のこと
で身構える準備ができていませんでした。相手の
イラついた一言でビクッとしてその言葉が私の胸
に突き刺さり、脳の神経がプチッと切れたようで
した。その時を境にはっきりと心の違和感を感じ
ました。これがうつ病に陥ったそもそもの始まり
でした。

その日は係の歓送迎会だったのですが、食事や会
話を楽しむ事は全くできませんでした。早くこの
歓送迎会が終わって欲しいと思うだけでした。

家に帰っても胸の違和感を持て余し、どうしてい
いか分からず、思わず何か妻に当たったことを覚
えています。

数日経っても胸のモヤモヤ感、ソワソワ感のよう
な嫌な違和感が取れないので、係長に相談しまし
た。すると自分にも経験があるので心療内科で見
てもらってはどうかという助言を受けました。

早速電話帳で職場に近い適当な病院を探し予約を
取りました。

そして予約日に診察を受けました。職場であった
出来事を話し、何か胸のあたりに違和感があるこ
とを伝えました。先生は黙って聞いてくれて、軽
めの抗うつ薬と睡眠薬を処方してくれました。次
回の予約は取りませんでした。
暴言には本当にビクッ
としました。今まで生
きてきた中でも最も特
異な瞬間でした。

帰宅してからも嫌な違
和感があり、何かしら
妻に八つ当たりしたこ
とを覚えています。た
だ睡眠障害はありませ
んでした。
2008年5月中旬
気分が戻ってきたので以前のようにバリバリ仕事
ができるようになりました。休日も趣味に没頭し
てました。パラグライダー練習、日曜大工、ピア
ノ、数学の勉強など1日24時間では足りなくな
りました。

仕事も4月から一部変更になりより面白いと思え
る仕事が増え、毎日充実していました。
薬を飲み始めてから違
和感がなくなってきま
した。胸のモヤモヤ感
やソワソワ感もなくな
ってきました。意欲も
戻りました。
2008年7月初旬
仕事と趣味に没頭していたのですが、次第に体調
に変化が現れました。まず意欲が少しなくなって
きました。仕事の集中力が少しなくなってきまし
た。

I心療内科を再度受信しました。薬の服用をやめ
たのが原因ではないかと言われました。前回と同
じ処方をしてもらい、しばらく服用は続けるよう
にとのことでした。次回の予約もしました。
体調に変化が出てきま
した。意欲の低下、興
味の喪失感が少しあり
ました。
2008年7月中旬
体調が戻ってきました。仕事も趣味も絶好調にな
りました。家族と母と一緒に日帰り旅行に行きま
した。天気も良く見晴らしも素晴らしくとても楽
しい旅行でした。

また趣味も絶好調でした。この頃、玄関前で子供
用の勉強机を製作してました。材料代を考えると
買ったほうが安そうでしたが、作るのが面白そう
だったのでDYI店を往復し材料の板などを買い
求め日曜大工用具を総動員し製作に明け暮れまし
た。
体調的には全く問題あ
りませんでした。何に
でも手を付けたいとい
う本来の性格そのもの
でした。
2008年8月末頃
意欲の低下、興味の喪失感が現れ初めでた。特に
仕事なのでのストレスはありませんでした。薬は
同じようにずっと服用していたので体調の変化は
不可解でどうしたんだろうと思っていました。子
供たちの夏休みの課題作品を見に妻と学校に行っ
た時、どうしても見る気になれず、車内でぼんや
りとしていました。

I診療内科を受診したとき、何だか体調が下降傾
向にあり、仕事を辞めたいと思うことがあります
と話したことを覚えています。主治医からは早ま
ったことはしないように言われましたが、処方薬
の変更はありませんでした。

9月に入り体育祭がありました。見ているだけな
のにとても疲れました。胸のあたりがモヤモヤ・
ソワソワしてじっとしていられませんでした。

その後も特にストレスはないにもかかわらず体調
は悪化を続け、10月下旬に係長に仕事を辞めた
いと漏らしました。係長は大変心配をしてくれて
、別室で私の状態を詳しく聞いてくれました。意
欲がまったくなくなっていること、興味が喪失し
ていること、モヤモヤ・ソワソワ感がものすごく
あることなどを伝えました。係長はしばらく休職
したらどうかと言ってくれました。私は良い係長
のもとでありがたいと思いました。
薬の服用は続けている
のにどうして体調が下
降傾向にあるのか不可
解でした。
2008年10月
上旬~
1回目の休職期
I診療内科を受診し、これ以上仕事を続けるのは
無理である旨訴えました。主治医と相談のうえ、
しばらく休職することとなりました。診断書は2
か月となりました。私は2か月で治るとは到底思
いませんでした。本格的な抗うつ薬としてルボッ
クスを処方されました。

それまでは夜の睡眠は取れていましたが、ルボッ
クスを服用し始めて状況が変わりました。昼に物
凄い睡魔に襲われ6時間は昼に寝てました。しか
し夜は2時間ほど寝るのがやっとでした。

休職が決まってから昼間は実家にお世話になりま
した。9時から12時まで睡眠、1時間程の昼食
、午後1時から4時まで睡眠、午後6時帰宅し7
時頃に夕食、10時まで家族と一緒にいて、夜
10時に自室に入り深夜1時までテレビを見て、

その後1時過ぎに睡眠薬などを飲んで布団に入
る。朝4時までは寝付けず4時から6時まで睡眠、
6時起床。8時実家へ、というサイクルが続きま
した。食欲は全くありませんでした。

2週間に1・2度の通院が唯一の外出でした。何
もする気がおきませんでした。昼は特に食欲があ
りませんでした。毎日無理にご飯を口の中に押し
込んでいました。食事がこんなにきついのには苦
労しました。

毎日無為な単調な生活が続いて、この先どうなる
のだろうと思いました。処方される抗うつ薬は次
々に変更されましたが、どれも効果がなく、一方
で、1日中眠れないとか、夜眠れないとかの副作
用が現れました。

胸の猛烈なソワソワ感が続き、居ても立ってもい
られず、それを何とか紛らすためにとにかく当て
もなく歩き回っていました。部屋の中をぐるぐる
歩き回ったり、階段を何度も何度も上がったり下
りたりしていました。昼はもちろんのこと、夜
10時や11時頃に外に出て家の近所や周囲をと
にかく歩き回っていました。あまりのきつさに多
い時には週2回程受診し、何とかしてくれと泣き
つきその都度処方を変えてくれたり追加して貰い
ました。しかし苦しみは和らぎませんでした。
毎日部屋の片隅で泣いていました。

休職して5か月経った頃から大きく落ち込むこと
は少なくなってきました。ただ、憂うつ感や意欲
の低下や胸のソワソワ感などはほとんど変わらず
ありました。しかし大きく落ち込むことが少なく
なっていることから、これなら何とか頑張れば復
職できるのではないかという気持ちを持ち始めま
した。もう5か月も休職していて何とかしなけれ
ばというあせりがありました。

係長に3月の中旬に復職したい旨を連絡しました
。係長はそれは良かったと喜んでたようでした。
私は復職を連絡したものの、大丈夫かどうか非常
に不安でした。大きな落ち込みがないようなのが
唯一の心の拠り所でした。

当時は復職にあたっての面倒な手続きはありませ
んでした。例えば復職にあたっての産業医との面
談はありませんでしたし、正式な復職の前にリハ
ビリ的に出勤して身体を仕事環境に慣らすような
制度もありませんでした。
とにかく苦しい日々で
した。物凄い憂うつ感
、落ち込み。胸のあた
りのどうしようもない
ソワソワ感、意欲の減
退、興味の喪失など、
特に休職して4か月程
はどん底でした。
2009年3月中旬

復職
復職1日目。憂うつ感と緊張感が一杯な気持ちで
出勤しました。席は休職前と同じ席でした。私が
以前やっていた仕事は他の同僚がしてくれていま
した。ただ私がいなくても業務は何ら滞ることな
く、私はいてもいなくても同じなんだという妙な
空虚感がありました。席に座っても大変居心地の
悪さを感じました。私の周りの人がなぜかしらす
ごく優秀に見えました。何をすればいいんだろう
と思っていましたが、同僚から簡単な事務を頼ま
れたので、力を振り絞って事務にあたりました。
1日が非常に長く感じました。1日目が終了した
時、係長からどんな感じでしたかと問われました
。私はかなり疲れていましたがまあまあです、普
通ですと答えました。

復職2日目、同僚から頼まれた仕事を機械的に淡
々としていました。復職3日目、席に座っている
だけでじっとしていられないソワソワ感が強くな
ってきました。頼まれた事務をするのもアップア
ップの状態でした。

3日目の夜、自宅で夕食をした後、大きな落ち込
みを感じました。明日はとても職場に行けそうに
ないと絶望感に襲われました。復職はやはり早す
ぎたと後悔しました。妻からはよく考えもせず、
自分にも全く相談もせず、勝手に復職したからよ
、ととがめられました。どうしようもない気分で
したが、朝から一度は職場に顔を出そうと思いま
した。暗雲たる気持ちで布団にもぐりました。
復職1日目から気持ち
は非常に不安定でした
。足が地に着いていな
いようでした。3日目
の夜は物凄い落ち込み
が全身を包みました。
2009年3月中旬

2回目の休職期
朝から何とか職場に顔を出しました。しかし絶望
感と猛烈なソワソワ感でとても席に座ることがで
きませんでした。どしようもなく職場の入り口で
立ちすくんでいると課長の姿が見えました。私は
課長をつかまえ体調が物凄く悪い、また休職した
いと何とか伝えました。課長はしょうがないとい
った感じでした。

その日の午後、係長に再度休職したいと電話しま
した。係長は何でそうなるのと不可解な感じを受
けたようでした。課長、係長には大変申し訳ない
と思いました。同僚にももう合わせる顔がないと
途方にくれました。

主治医に復職が失敗したことを告げました。その
時主治医がどんな反応だったか覚えていません。
ただ処方薬の変更はありませんでした。

また休職生活が始まりました。昼間は今回も実家
にお世話になりました。今回は長い休職になりそ
うでした。昼間はほとんどテレビを見ていました
。しかし面白いと思える番組は特にありませんで
した。唯一、朝のテレビ小説を面白く思い毎日欠
かさずに見ていました。朝見て、昼に再放送を見
ていましたから、余程気に入っていたのだと思い
ます。生活は単調そのものでした。テレビを見る
以外は寝ていることが多いでしたが、母と世間話
もして気を紛らわせていました。I心療内科も2
週間に1度通院してましたが、処方箋の変更はあ
まりありませんでしたが、2009年8月にレン
ドルミン、メイラックス、セロクエルを中止し、
代わりにジプレキサザイディス、パキシルが追加
されました。また2009年11月にリフレック
スが追加されました。しかし特に症状が軽くなる
ことはありませんでした。

実家の裏山へ母と月2回程登っていました。ずっ
と家にいるのも暗くなるだろうと母が誘ったもの
です。2回目の休職中に20回は登ったでしょう
か。ゆっくり歩いて30分。竹林・杉林の中を色
々な草花を眺めながら登りました。頂上は公園で
2・3周回って休憩所で一休み。お茶を飲み、バ
ナナなどを食べながら30分。最後に2回ほど回
って家路に着きました。気分転換になったかどう
か分からないが、年老いた母も大変だったと思い
ます。母としても何とかして私の症状が変わらな
いだろうかという暗中模索の状態ではなかったか
と思います。

夏が過ぎ、秋も過ぎ、早くも年も明け、私はいつ
までの期間休職できるのだろうかと気になりだし
ました。電話で課長に確認したりもしました。ど
う考えても休みすぎのような気持ちにとらわれて
いました。会社の規定によればまだ十分休む時間
はあったのですが、なぜかしらこれ以上休むのは
良くないのではないかとの気持ちが強くなってき
ました。休めば休む程、復職のハードルが高く思
えてきました。

2010年の1月頃ようやく酷く落ち込むことは
ないようになりました。妻にそろそろ復職しない
といけないのねというと、そうねえーとの反応で
した。特に反対するような様子はなかったので、
妻から見ても復職できるのではないかと判断して
いるようでした。これは大きな後押しになりまし
た。3月に復職しようと思いました。

今度こそ失敗はできないと覚悟を決めました。ま
さに背水の陣でした。これで失敗すれば退職に追
い込まれるだろうと思っていました。

復職の2週間前程に産業医の面談を受けました。
大きな落ち込みはないようなので復職したい旨の
ような事を話したと思います。面談の後、課長よ
り復職できますよと言ってもらえました。いよい
よ復職するんだという実感がひしひしと湧いてき
ました。
どんよりとした毎日が
続き。無為な生活に打
ちひしがれていました
。同じような毎日がい
つまで続くのだろうと
、光の見えない長いト
ンネルに入り込んだま
までした。

2010年1月頃から
酷く落ち込むことが少
なくなってきました。
そろそろ復職を考える
ことができるようにな
りました。

2010年3月初旬

復職
復職しました。前に私がいた係はなくなり私は違
う係の席に付きました。復職できたのは課長のお
かげだと思います。私の病状を良く考慮してもら
えて復職しやすいよう対応してもらえました。係
長も優しい方でした。私は1か月間主に電話番を
していました。

2010年4月に係が変わり、課長より係員のた
めの資料作りをするよう頼まれました。資料作り
は以前からしていたことであり、接客は無理だと
思っていたので、課長の指示に私はほっとしまし
た。自分のペースで事務をこなしていくことがで
きたので、これでやっと復職に成功できたように
思いました。

4月からの係長も部下思いの方で色々と気遣って
貰えました。ただ私はいつも何の役にたっている
のだろうと悲観的に考えていました。そういうわ
たしを見て、課長はよく君は十分職場に貢献して
ますよと声をかけてくれもした。とても有難いお
言葉でした。この課長がいなければ復職は出来な
かっただろうと思います。

しかし復職の後も、大きな落ち込みはありません
でしたが、憂うつ感、意欲の低下、胸のソワソワ
感などの症状は変わらずありました。懸命に我慢
に我慢を重ねて職場に通っていました。でも自宅
では以前よりも落ち着いて生活が出来てたように
思います。

また睡眠も昼の活動に支障がない程度には夜にと
れるようになっていました。

2011年4月に課長より窓口業務をしてくれな
いかと頼まれました。うつ病発症前から苦手な窓
口業務でしたのでどう返答しようかと迷いに迷い
ましたが、お世話になった課長の期待に応えたい
との思いで、わかりましたと答えました。

窓口業務は思っていたとおり緊張の連続でした。
憂うつ感が増しましたが懸命に仕事を続けました
。その日その日を何とか気持ちを振り絞り送って
いました。

2011年8月に家族で北海道へ旅行しました。
私も久しぶりにワクワクしました。こんな気持ち
になったのはうつ病が良くなっているからじゃな
いかと思いました。実際、旅行は大変楽しい出来
事でした。

しかし旅行も終わり、仕事に戻ると以前と同じ憂
うつ感に満ちていました。うつ病は相変わらず心
に大きく居座っていました。窓口業務もきついし
、今の課にきて6年目なので、来年は異動したい
と思い、異動希望を出しました。

年度下旬に異動が決まりました。どこへ異動する
か心臓が飛び出すほどドキドキでしたが、結果は
出先でした。良かったのか悪かったのか分かりま
せんでしたが、一から頑張ろうと思いました。家
族と一緒に事前に出先を下見に行ったりして、大
丈夫だと自分に言い聞かせていました。
大きな落ち込みはあり
ませんでしたが、憂う
つ間は物凄くありまし
た。

朝の出勤時は5分でも
長く寝たいと思いまし
た。朝の朝礼は毎日ほ
んとに気が重く、その
日一日耐えなければな
らないと思うと憂うつ
感で一杯でした。他の
人がなぜそんなに楽し
そうなのか不思議でし
た。
2012年4月~
出先へ異動
出先で与えられた仕事は質も量も大変なものでし
た。うつ病前でもできるかどうか分からない程で
、私がうつ病を患っているということはまったく
考慮されていませんでした。そしてなお悪いこと
に上司と相性が合いませんでした。就職してから
今まで私は上司に比較的に恵まれていましたので
、相性が合わない上司が目の前にいるのが心の負
担になりました。

私は慣れない仕事でもあり、毎日懸命に頑張りま
したが、憂うつ感は半端なものではありませんで
した。1分でも長く職場にいたくないと思い、車
で出勤途中の駐車場で15分寝ることが多くなり
ました。帰りもチャイムが鳴ると1番に職場を出
ました。

そしていつの頃からか胸のソワソワ感が強くなっ
た来ました。椅子に座ってじっとしていられない
ようになり、こうしたソワソワ感を紛らすために
お茶をたくさん飲み始めるようになりました。多
い時期には毎日4リットルものお茶を職場に持っ
ていき、10分おきぐらいに飲んでいました。お
茶を飲む瞬間だけソワソワ感が紛れるような気が
しました。同僚もおかしいと気づいていたようで
、私も情けなく思いましたが、やめられませんで
した。うつ病の症状にこのような症状がないかと
パソコンサイトで調べましたが、見つかりません
でした。しかし多飲は場合によっては命に関わる
というサイトを見かけましたので、何とか飲む量
を減らそうとしたのですが、なかなかやめられず
、主治医にも相談し、訴えましたが、主治医は気
の持ちようでしょう、多飲はよくありませんよ、
と言われただけでした。私の非常に苦しく辛い気
持ちは全く理解してもらえませんでした。結局3
年程は4リットル飲むのが続きました。

そうした中、仕事もちょくちょく失敗もやらかし
、綱渡りのような状況が続きました。

しかしラッキーなことに出先にきて3年目に上司
が異動になり、新しい上司が来ました。今度の上
司は責任感があり何かあったら部下を助けてくれ
る方だったので、私はずいぶん助けられ、体調も
少し上向きになっていきました。

出先4年目に入り気分が良くなったので、
2015年9月に母と2人で立山黒部へ2泊3日
の旅行に行きました。地元にはない3千メートル
級の山々が連なる景色は壮大で、大変楽しい旅で
した。

その年の10月、首がおかしいのに気づきました
。手に力を入れると首が右に少し回旋します。わ
ずかだったので余り気にしませんでした。

出先に来て4年目になるので、来年は異動したい
と思い、異動希望を出しました。希望先はどこで
もいいとしました。12月下旬、首の右回旋が明
らかになってきたのでパソコンで調べるとジスト
ニアという病気であることがわかりました。

びっくりして年明けに大学病院へいったところ、
やはりジストニアと言われました。2月と3月に
ボトックス注射をしましたが、効果はありません
でした。何とかして治らないかと思いパソコンで
ジストニアのサイトを探し回ったところ、友の会
のような詳しいサイトにたどり着きました。さっ
そくサイトの管理人に治療についてメールしたと
ころ、東京のTクリニックに来ませんか、という
お返事でした。東京は遠い所でしたが、治したい
一心で行くことに決めました。

そうした中、2016年3月下旬異動が決まりま
した。技術系の職場でした。うつ病に加え、ジス
トニアも発症し意気消沈していたところで初めて
の技術系職場ということで、私はかなりショック
を受けました。

課長と技術系の係長に、私の病気について異動先
の課長に事前に話してもらうように頼みました。
その結果、異動先の課長には私が何らかの病気を
持っているという程度の情報は伝わったと思いま
した。
憂うつ感は変わること
なくありました。出先
に来てからむしろ大き
くなったようでした。

3年程は辛い低空飛行
が続きました。4年目
から憂うつ感が少し楽
になったような気がし
ます。

ジストニアの発症が分
かったのは、辛く残念
なことでした。心療内
科で処方されたジプレ
キサザイディスが原因
と分かって、主治医を
恨みました。
2016年4月~
技術系職場へ異動
異動した職場で私が受け持つ仕事は、これまで1
度も経験したことがない難しい仕事でした。ジス
トニアも徐々に酷くなり、それに合わせるように
うつ病も下降傾向にありました。

うつ病の下降傾向は電話をとらなければならない
状況になった時のパニックでした。電話をとって
もどこの係にまわせばいいのか、あるいは誰に回
せばいいのかが分かりませんでした。私がうつ病
前であればそれなりの対応ができたのかもしれま
せん。私は異動して2週間程で目の前の電話がな
ることが不安になりました。電話の取次ぎが全く
上手く出来ず、電話の相手にも、また係員にも迷
惑をかけることもしばしば出てきました。電話の
近くの係員が私以外いない時に電話が鳴ったらど
うしようと不安でした。その不安はすぐに恐怖に
変わりました。

いずれにしても私にとって、今の環境は耐え難い
ものでした。同僚も上司も私のそうゆう気持ちや
態度を感じていたらしく、本来の仕事とは違う庶
務的な仕事を頼まれるようになりました。しかし
、電話の問題は解決できず、体調は悪くなるばか
りでした。出勤は4月一杯でもうダメだと思いま
した。

4月下旬、私は自分の机の整理を周りに気づかれ
ないようにしていました。4月末日、もうここに
戻ってくることはないだろうという寂しい気持ち
で職場を後にしました。
ジストニアの悪化とう
つ病の悪化で体調は最
悪でした。うつ病の悪
化は電話による憂うつ
感であることははっき
りしていました。5月
に入ったら休職するし
かないと思いました。
2016年5月~
3回目の休職期
5月に入って最初の勤務日に朝から係長に電話を
しました。しばらく休みたい旨を伝えました。言
い出すのにかなり緊張しました。係長はわかりま
した、という反応だけでした。私がこの先ずっと
休職するだろうとは思っていないようでした。

5月の連休明けにI診療内科を受診しました。ジ
ストニアを発症していること、職場も異動になり
うつ病が悪化しており休職したいので診断書を書
いて欲しいとお願いしました。主治医はジストニ
アはジプレキサザイディスの副作用だろうとあっ
さり言われました。休職についてはなぜなのと非
常に不機嫌な様子でした。私がうつ病で3か月の
診断書を希望しているというと、とんでもない、
適応障害でしか出せない、期間も1か月しか出せ
ないと言い切りました。私は止む無く了解しまし
たが、転院しないといけないと決めました。2週
間後、Yクリニックに転院したいので紹介状を依
頼しました。Yクリニックには会社の産業医がい
るので、これまでも何度もうつ病については面談
していました。何なら自分のいるYクリニックに
来てもいいよ、と言ってくれていました。

数日後、Yクリニックを受診しました。ところが
産業医である主治医は、主治医の立場と産業医の
立場があるが、それでもいいですか、と言われま
した。つまり一方的に私の側に立った診療は出来
ないという意味だったようです。話が違うだろう
と思いました。Yクリニックに2、3回通院する
うちに、主治医にはうつ病を一緒に治していこう
という熱意が感じられませんでした。ジプレキサ
ザイディスの減薬などとても相談できるような雰
囲気ではなく、その技量もないようでした。また
転院しよう、自宅に最も近いN病院という大病院
に決めました。

5月下旬に、自らの判断で、効果を感じない薬の
服薬を全て止めました。自分の身体は自分自身で
守るしかない、と思ったからです。西洋薬は本来
人間が持っている自然治癒力を低下させると思い
ました。その結果、明らかに体調が回復してきま
した。効果のない西洋薬をお守りのように服用し
ていたことは間違いだったと確信しました。



意を決して係長にしば
らく休むことを伝えま
した。電話が終わると
ほっとしました。

I診療内科の主治医に
対してはジストニアに
なったのはお前のせい
だろうと怒りを覚えま
した。この主治医は駄
目だとはっきり悟りま
した。

Yクリニックの主治医
には本当にがっかりし
ました。ここに通院し
ても何も変わらないだ
ろうと感じました。

5月下旬、自らの判断
で、効果を感じない薬
の服用を、全て止めま
した。結果、明らかに
体調が回復してきまし
た。

2016年9月~
回復期
2016年9月N病院を初めて受診しました。最
初にケースワーカーと面談し、ジプレキサザイデ
ィスの減量、自立支援医療制度の申請、障害者手
帳の申請、意欲の向上などの希望を伝えました。
主治医はI先生でした。気さくな話しやすい先生
のようだったのでほっとしました。さっそくジプ
レキサザイディスの減量について色々処方も考え
て貰えました。

もっともっと早く転院していればよかったと後悔
しました。例えば、うつ発症後に休職し半年経過
しても症状が変わらなかったのにもかかわらず漫
然と同じ病院に通院していたことが病気を長びか
せた原因だと思います。

結局ジプレキサザイディスは2016年12月に
断薬できました。その代わりに抗精神病薬である
セロクエルの後発品であるクエチアピンを服用し
ました。ジプレキサザイディスよりもジストニア
になりにくく、パソコンサイトで調べるとまずジ
ストニアの原因薬にはならないとありました。し
かし抗精神病薬なので早いうちにクエチアピンも
断薬したいと思いました。またN病院では後発医
薬品を出してくれて財布に優しいでした。それに
自立支援医療制度や障害者手帳の説明もして頂き
ました。

ジストニア(痙性斜頸)については、2016年7
月から3か月毎に東京のTクリニックに通院しま
した。毎回友の会の管理人さんに付き添って貰い
ました。主治医のO先生はどうにかして治してあ
げようという強い熱意が感じられ、地元の大学病
院の先生とは大違いでした。2017年3月にT
病院で4回目のボトックス注射を受けましたが、
以前は歩くとき90度右旋回してましたが、それ
が30度程になりました。ただ食事をするときの
旋回はあまり変わっていません。

2016年9月頃から目が覚めた瞬間の気分の悪
さがなくなってきました。またうつ病の症状もな
くなってきました。要因ははっきりは特定できま
せんが、私自身は、薬の種類を減らしたこと、相
性のいい主治医に出会えたこと、そして時間の経
過が大きかったのではないかと思います。長い時
間の経過により、本来持っていた自然治癒力が働
いたとしか考えようがありません。

2017年1月、自立支援医療制度の申請をしま
した。2017年4月には障害者手帳の申請をし
ました。

2017年5月、主治医に10月復職の可能性に
ついて相談しました。主治医は現在病状は安定し
ているので、もうしばらく様子を見て良ければ復
職は可能でしょうと言われました。ただ復職した
場合、薬の増量も必要かもしれませんとのことで
した。リワークの体験も選択肢にあるし、場合に
よっては上司と一緒に受診してみてもいいですよ
とも言われました。

2017年6月、リワークに参加したいと主治医
に申し出ました。ケースワーカーさんよりこれま
でのうつ症状の経過を再度聞かれ、またリワーク
の説明をしてもらいました。来週からリワークに
参加することに決まりました。また一歩前進した
ように思いました。

2017年6月から週2回、リワークに参加しま
した。毎回だいたい24名前後の参加がありまし
た。通院中の人、入院中の人、復職中の人、無職
の人、といろいろな方がいました。それぞれ近況
報告の中で、上手くいかない事、不安な事、解決
するヒントなどいろいろなことが発表され、また
それらについての感想・思いなどの話がありまし
た。復職して数か月を経過した方も参加されてた
りして、状況を教えてもらうことが出来ました。

鍼灸がうつ病に効くかどうか確かめるため、
2017年6月下旬から東洋はり医学会に所属す
る鍼灸院に通い始めました。ここの鍼灸治療は自
然治癒力を高めることが目的としています。脈診
による経路治療というものだそうです。鍼灸治療
10回目を過ぎたころから、先生より最初に比べ
たら随分良くなっていますよ、という有難いお言
葉をいただけました。どこが良くなっているのか
正直まだ実感できませんが、嬉しいものです。

マインドフルネスというのがうつ病にも効果があ
りそうだとの情報を得ましたので、どこかで体験
ができないかパソコンで調べていたら、割と低料
金で体験できるところを見つけました。そこはヨ
ガ、瞑想、マインドフルネスなど心と身体をリラ
ックスする体験が出来るようです。早速電話をし
てみたところ参加できるとのこと。8月中旬開催
のヨガにパソコンから予約を入れました。後日ヨ
ガの先生より自分のペースで参加されたらとても
良いと思いますよ、というメールがありました。
有難いことです。
N病院に転院したこと
は大成功だと思いまし
た。

うつ病の症状がなくな
ってきました。要因は
、効果のない薬の服用
を全て止めたこと、N
病院で相性の良い医師
に巡り合ったことだと
思います。

前の病院では自立支援
医療制度や障害者手帳
の説明も全くなく、本
当に頭にきました。

もっともっと早くうつ
病になって半年ぐらい
で転院していれば、こ
んなに長い回り道をし
なくてよかったのにと
本当に後悔しています。

ジストニアについては
友の会の管理人さんに
本当に感謝しています
。そしてクリニックの
O先生との出会いはジ
ストニアに落ち込んで
いた私に望みを与えて
くれました。

2016年9月頃から
うつ症状がなくなって
きているのを感じます
。とても嬉しく思いま
す。

鍼灸院に通いだしまし
た。どういう効果があ
るか試して見たいと思
います。
2017年8月~
リハ勤務の開始
2017年8月からいよいよリハ勤務が始まりま
した。1年5か月ぶりの職場です。1年5か月前
にもう戻ってくることはないだろうと寂しく去っ
て行った職場です。感慨深いものがありました。
かなり緊張しましたが、無事半日勤務を終えまし
た。第一のハードルは何とかクリアーできたので
はないかと思います。

業務はひとまず1種類のパソコン入力業務です。
最初に1件入力方法を教えてもらいました。慣れ
ると簡単です。最初は1件入力するのに2時間以
上かかっていましたが、慣れると1時間ほどで出
来るようになりました。

体調はすこぶる良好です。

鍼灸の先生が言われるには最初に比べればかなり
良くなっているとのこと。どういうふに良くなっ
ているのか尋ねると、脈で分かるそうです。ギタ
ーの玄で言えば最初は一番細い玄をピンと弾いた
感じだったが、今は中くらいの玄を弾いた感じが
します、とのことです。池の水面で言えば穏やか
になっているそうです。また背中も最初はザラザ
ラしていたが、今はスベスベしているそうです。
自然治癒力が大分回復しているとのことでした。

8月の中旬にヨガの初体験をしました。2時間の
受講でした。ふかく呼吸して リラックスしていま
起きていることを味わってそのすべてを静かに見
つめてありのままを受け入れる、のだそうです。
・ヨガがはじめての人 ・体がかたい、運動は苦手
だ、と感じる人・心も体もリラックスしたい人 ・
少人数でゆったりとヨガをしたい人 ・エクササイ
ズだけでないヨガの心や精神面にも興味がある人
・マインドフルネス、瞑想に興味がある人・ヨガ
の智慧を日常生活に活かしたい人、などにオスス
メだそうです。「瞑想・呼吸法」(20〜30分
)ゆっくりと呼吸を深め、「いま、ここ」の自分
の体に意識を向けていきます。「ウォームアップ
& アーサナ(ポーズ)」(40〜50分)自分の
体の状態に合わせ、少しづつ体を動かしていきま
す。運動量は軽めです。「リラクゼーション」
(10分)横になり、心身を委ね、リラックスし
ます。「シェアリング」(5分)ヨガの体験の気
づきを言葉にし、お互いの体験を尊重し合うため
の時間です。 瞑想では自分の呼吸に注意を集中す
るは最初はなかなか難しいでした。普段使わない
関節を意識して動かすので終わった後は身体がほ
ぐれたように思いました。良い時間を過ごせまし
た。次回も参加しようと思いました。

9月9日にN病院を受診し、10月1日から復職
が可能である旨の診断書を書いてもらいました。
体調は全く問題ありませんでした。それと8月分
の傷病手当金の請求に必要な証明書もお願いしま
した。8月と9月は傷病手当金が貰えることを人
事部より説明を受けていましたので、幾らかでも
お金を貰えるのは嬉しいです。

9月9日の午後から3回目のヨガ教室に参加しま
した。回を重ねるごとに自分の心と体をありのま
ま感じることができるようになってきたように思
います。リラックス出来て、リセット出来たよう
に思います。

ヨガの後に鍼灸院に通いました。6月の下旬から
通っていますが、今日は先生から今まであった体
のほてりが無くなっていますね、と言われました
。また一歩良くなったということです。来週から
毎日リハ勤務になります、と言うと、大丈夫です
よと言われました。有難いことです。

2017年9月の中旬に神経疾患の治療に力を入
れている漢方薬局を訪れました。睡眠が薬に完全
に依存していて減薬出来ないでいたからです。そ
の薬がジストニアの原因薬になっている可能性が
高いのです。何とか漢方薬を用いて夜の睡眠が改
善されないだろうかと思ったわけです。薬局の方
に相談してみると、睡眠の改善は漢方薬でも出来
ますよ、言われました。お金はまた少しかかりま
すが、健康には代えられません。試して見ようと
思います。9月下旬から漢方薬を飲み始めました
。なかなか飲みにくいのですが、良薬は口に苦し
です。医食同源とも言いますので、長い目で効果
を見ていこうと思います。

2017年9月30日でリハ勤務は終了しまし
た。この2か月間は自分の心と体がどうなるのか
注意して見ていましたが、特別変化はありません
でした。普通に与えられた仕事は出来たように思
います。10月からいよいよ復職です。1年半前
には復職は半信半疑でしたが、この日を迎えられ
てとても嬉しいです。
現在、私はいわゆる寛
解期にあるのだと感じ
ています。寛解期に入
ったのは、昨年の9月
頃であろうと思います


次はいよいよ完治を目
指すことになります。
とは言っても病気の性
質上、完治というのは
結果論かもしれません
ね。

体調は全く問題ありま
せん。とても良好です


リハ勤務1日目、かな
り緊張しました。しか
し当初恐れていたよう
な物凄い緊張感ではな
く、正常範囲でのかな
りの緊張感といった感
じでした。第一のハー
ドルは乗り越えられた
ように思います。

体調はとても良好です


8月中旬にヨガを初体
験しました。とても静
かな時間を過ごすこと
ができ、また身体もほ
ぐれ、大変楽しい時間
でした。次回も参加し
ようと思いました。

9月中旬に神経疾患の
治療に力を入れている
漢方薬局を訪れました
。睡眠の改善に効果が
あるか試したいと思い
ます。

9月末にリハ勤務も無
事に終わりホッとして
います。
2017年10月

復職
復職しました。係りは同じでしたが、席は違う係
りの席でした。仕事内容も大きな変化はなく、庶
務の仕事が少しだけ増えました。基本的にはパソ
コンの入力業務やスキャナー業務のようです。し
ばらくは電話は取らないでいいようですのでとて
もホッとしています。また時間外もしばらくはし
なくていいようです。

今週から創造性を要する業務が一つ増えました。
うつ病発症前には何十回もやっていた業務内容な
ので、出来ないことはないとは思いますが、久し
ぶりにそうした仕事に向き合うと、なかなか文章
が思いつきません。少しずつ今の部署の事を勉強
して、前に進もうと思っています。
1年半前には、もう戻
ってくることはないか
もしれないと思って後
にした職場で、また働
くことが出来るように
なりました。感慨深い
ものがあります。ここ
で仕事をして給料を貰
えるのです。有難いこ
とだと思います。

復職してから初めての
給料支給日はやはり大
変嬉しいものでした。
預金通帳がマイナスに
なっていたのが、やっ
とプラスになりました