武田 鉄矢

数年前の報道で、著名な芸能人である武田鉄矢さんも、長きに渡りうつ病の症状で苦しんでいたということが分かり、あの明るく前向きな武田さんがうつ状態になっていたということに、日本中の国民は驚きを隠しきれなかったものです。
その反面、現代のストレス社会の中ならありえないことではないと、納得された方も多かったことでしょう。

武田鉄矢さんは、日本のフォークグループ「海援隊」のボーカル・リーダーであり、その他にも俳優・タレント・作詞家としても活躍されており、中でも俳優として一躍、日本国中に名を馳せた人気ドラマ、「3年B組金八先生」、「101回目のプロポーズ」、「竜馬伝」などは今でも人々の心に焼き付いていることでしょう。
また武田さんは、福岡県の出身で、博多弁を織り交ぜた独特のユニークなトークは、多くの人々に笑いを与えてきました。

武田鉄矢さんは、2014年の10月7日、あるテレビ番組での取材で40代からうつ病を発症し、約20年にも及んだ壮絶な苦しかった胸の内を明かしました。
その症状を発症したというのは、ちょうどあの爆発的な人気で視聴率をあげ当時の若者の流行語ともなった名文句で知られるテレビドラマ「101回目のプロポーズ」にメインとして出演されていた頃です。
爆発的な人気の裏では、想像を超えた多忙な仕事の日々を送っており、それで少しずつ身体や精神に異変を感じはじめ、うつ状態になってしまったということです。
武田さんは、当時を振り返り、体調の変化からか、ちょっとうつ病ぽくなり、何をやっても力が湧いてこないというのが最初の初期症状であったと語っています。
海援隊のメンバーも当時を振り返り思い起こしてみても、武田さんが最近眠れないといっていたが、軽く受け止めていたと語っています。
武田さんが語った症状としては、不眠・無気力・疲労感・倦怠感・マイナス思考に陥る・気が滅入る・「頑張って」という言葉が辛く感じるなどがあり、そのような辛さをずっと一人で抱え込んでいたのです。

また2011年に大動脈弁狭窄症の手術を受けた際、自分の老いを感じ恐怖となり、心身ともに追いつめられてしまったそうです。

そんな武田鉄矢さんをうつ病の状態から救ったのは心理学者・ユングの言葉でした。
うつ状態が続く中で読んだ心理学者・ユングの本の中での一節、「人生は山登りに似ている。登ったかぎりは降りなきゃいけない。登りっぱなしのことを遭難したという」という言葉とであった武田さんは、この言葉で老いることへの恐怖感がなくなり、前向きに物事をとらえていこうと気持ちが軽くなったそうです。
20年もの長きに渡ったこの病との戦いは、このユングの言葉と以前、精神科の医師に「あなたは過剰適応症です。」と言われて以来の、断ることの大切さを知ることにより、徐々に気持ちが楽になり、回復へと近づいたようです。

現在もしばし、うつ状態に悩まされることもあるようですが、常に気持ちを前向きに持つよう心がけ、前向きを保つ為に、英語で日記を書くなど新しい目標を立てているそうです。
武田鉄矢さんは人に気を使わせたくない性格であったせいか、うつ病のことをメンバーや家族へは知らせる事はなかったそうそうです。
まわりの方も気付かないほど、平静を装って過ごしていたのかもしれません。