小山 明子

映画「戦場のメリークリスマス」や「愛のコリーダ」の監督、大島渚さんの妻で女優、小山明子さんは介護うつに苦しめられましたが その後うつを克服し見事女優として舞台に復活しました。
小山さんは語ります。「うつ病って、風邪と一緒なんですよ。誰だってかかる可能性がある」それでは小山明子さんのうつの克服とはどのようなものだったのでしょうか?

1996年、ロンドンのヒースロー空港で主人の大島さんが脳溢血で突然倒れてしまいました。しかし、小山さんは仕事のため駆けつけることが出来ず、自分が何も出来なかった無力感を感じてうつを発症してしまうのです。
そして責任感に苛まれた小山さんは重度のうつと診断され自殺を防ごうとした家族によって強制入院させられます。しかし、小山さんは大島さんの介護のためうつを克服しないまま一緒に退院してしまいます。

ここから小山さんの辛い介護の日々が始まります。大島さんは右半身不随となり、言語障害が残ってしまいました。大島さんには食事の世話から、下の世話、お風呂など24時間介護が必要で小山さんも献身的にこなしますが、その苦労がたたり体重は15キロも減少し介護うつが悪化してしまいます。4度の入退院を繰り返し、自殺願望も芽生えてきます。

うつ克服の転機が訪れたのは、大島さんがもう一度メガホンを取るために苦しいリハビリ姿に耐える姿を見て、映画監督・大島渚を支え続けると心に決めてからです。
医師の「介護する側には介護から一度離れてリフレッシュすることが大切」と助言を受け、生活を一新させ、女優としての美貌を取り戻し、水泳や一筆画など新しいことに挑戦してリフレッシュを心がけ、介護を楽しくやるのはどうしたらいいだろうと考えるようにしました。
その甲斐あって、小山明子さんのうつは見事克服し、大島さんの状況も好転。映画「御法度」を完成させ大ヒットを記録します。

しかしその後大島さんは亡くなってしまいますが、小山明子さんは「彼の晩年に2人で濃密な時間を過ごせてありがたいと思いました。介護ではやるべきことはすべてやりました。悔いはありません」と述べています。