生きるということ

   

人は知らないうちに生まれてきて、そして必ず死んでいく。
生まれたいから生まれたと考えられる人はいないだろう。
勝手にこの世に生をうける。いつまで生きられるかは誰も
知らない。生まれた瞬間から人は皆、時限爆弾を背負って
いるのである。

では、いつ死ぬか分からないのに、何のために生きている
のだろう。生まれてきて良かったと思える人は、なんでそ
う思えるんだろうか。生まれた意味を見出した人なのかも
しれない。人生を楽しんでいる人かもしれない。

ああ、生きていてよかったあ、と心底に思うことは長い人
生の中で確かにあるように思う。
でもいつもあるとは限らない。

生きていく意味を探している人がいる。
見つかればそれにこしたことはない。仕事なのか、趣味な
のか、ボランティアなのか、いろいろあるだろう。
自分探しはひところ流行った言葉である。それだけ何かし
ら漠然とした世の中だったのだと思う。

でも、見つからなければ心はいつまでたっても満たされな
い。満たされない心はいつも葛藤しているだろう。葛藤す
るうちに心は疲れてくる。

見つからなくても心が満たされる方法はないのだろうか。
もともと自分自身に価値を見いだせればよいのではないか。
生きる意味が見つかろうが見つけられないだろうが、生き
ていること自体に価値を見いだせれば自分探しはしなくて
いいかもしれない。

人は必ず他人に支えられている。一生を一人だけで生きて
いくことはできない。希望するにしろしないにしろ、他人
との関わりの中で生きていくしかない。

自分が誰かに支えられている時、もしかしたら自分も誰か
を支えているかもしれない。案外、知らない所で役に立っ
ていたりして。

人は過ちを犯しやすい動物であると思う。多かれ少なかれ
その罪を背負いながら生きていかなければならない。背負
いきれなくなった時、そっとその罪を代わりに背負ってく
れる人がいれば、人はどんなに救われるだろう。

実は人生は人と人との関わりの中で日々営まれているので、
人を許したり許されたりするのは、必ず通らなければなら
ないことだろう。

自分が楽しむがゆえに誰かを傷つけた時、どうすることも
できない。生きることが嫌になり苦しくなる。生きるとい
うことは難しいことなのかもしれない。でもそれがもし許
されたとしたら、少し楽になるかもしれないだろう。

生きるということは一瞬一瞬呼吸をして、食べて、寝て、
仕事をして、遊んで、つまずいて、後悔して、そして、
他人と関わって。それだけなのに。

生きるということは、それだけでまんざら捨てたものでは
ないかもしれない。

 - うつ病闘病日記