仕事の抱え込みとは

   

先日のリ・ワークで、「仕事の抱え込み」をいうのが一つ
のテーマとなった。抱え込む人はやはり多い。頼まれた仕
事を断れない、同僚に助けを求めることができない、そう
しているうちに自分にキャパシティを超えた仕事を持つこ
とになる。これが抱え込みだろう。

私はこれまで自分の仕事とされたことはちゃんと処理して
きたと思う。自分の仕事かどうか分からない境界線上の
仕事も率先して自分からやってきたと思う。もちろんうつ
発症の前であるが。

境界線上の仕事というのは誰がやっても良い仕事が多い。
昔の職場でのことだが、3か月ほど境界線上の仕事9割、
自分固有の仕事1割という時があった。あまりにも自分
の仕事が進まないので、道具一式持って別室にこもった
ことがある。

境界線上の仕事はしませんよ、という意思表示である。
あの頃はほんとに良く働いたと思う。そしてとても楽しか
った。なぜあんなに楽しかったのだろう。自分が歯車の
一つではなく、その当時、一緒に働いてた人と同じように
なくてはならない存在として特に強く感じられたためだ
ろう。

いずれにしても抱え込むという感じはこれまでなかったなあ。
抱え込む人というのは仕事を頼みやすいということだろうか。
そして断れない。優秀な人だということになる。

というこは、私は仕事を頼まれるというキャラクターでは
なかったので、優秀ではなかったことになる。しかし前の
出先ではよく考えてみると上司が働かない人だったので、
係長から頼まれた仕事もけっこうあったなあ。境界線上の
仕事が多いので上司がしても問題ないのだが、私がしてい
たと思う。

こうしてみれば境界線上の仕事を積極的に気持ちよく出来る
のは上司とか同僚との人間関係が影響しているのだと思う。

うつよ発病してからは元気がなかったので、目の前の仕事を
一つ一つするのだけで精いっぱいだった。そして発症前と
大きく違っていたのは仕事の成果の内容である。
発症前にこなしていた仕事を10点とすると発症後は5点
である。10点が当たり前と思っていたのが5点にならざるを
得なっかった。

5点だとよく点検すると不備がいろいろ見えてくる。毎年同じ
仕事をしていれば、去年と同じようにはできないだろう。
いろいろな部署から間違っているぞと指摘がある。
だから毎年どうゆう処理をしようかと思い悩むのである。

まあ、意欲が高ければ客観的にみて少しぐらい抱え込んでいて
も苦痛には思わないだろう。問題は意欲のない時であり仕事は
少ないに越したことはない。

 - うつ病闘病日記